脳腫瘍発覚!からの緊急入院

「紹介状書くんで、今すぐ脳外科に行ってください」

軽い気持ちで頭痛外来を受診してMRIを撮ったら、先生にそう言われた。

「タクシー呼ぶんで、外のイスにかけて待っててください」

「えっ?タクシー?」

「はい、タクシーで。15分くらいなんで、すぐですよ」

「電車とかで移動ではなくて?」

「えー、そうですね・・・、タクシーで行くことを強くおすすめします」

このあたりで、なんかやばいやつなんだろうなとは思ったが、それ以上深くは考えないことにした。

治らない頭痛

もともと、小学生の頃から副鼻腔炎(蓄膿症)によくなっていたので、それからくる頭痛はよくあった。

鼻うがいをするようになって、だいぶ症状は改善されたのだけど、ここ最近頭痛が取れないことが増え、それで今年2月に思い切って鼻を手術した。

(ツイッタで「鼻を手術する」とだけつぶやいたら、ほとんどの人が整形だと勘違いしていて、会う人みんなに「鼻高くなったんですか?」とか聞かれたのが面白かった)

その手術は無事に成功し、青函トンネルが開通したかのような、これまでの人生で経験したことがないレベルの鼻通りになったのだけど、肝心の頭痛が治らない。

むしろ、ひどくなっている気がする。

これはもしかして、鼻が原因の頭痛ではないんじゃないか?

そう思って、頭痛外来を受診してみた。

ほんの軽い気持ちで。

肩こりとか、眼精疲労とか、そういうのが原因だと言われるのだと思っていた。

1日の大半はPCかスマホに向かってるので、実際、目は疲れているし。

その頭痛外来では、総合的に頭痛の原因を分析して治療をしてくれるということだったのでそこを選んだのだけど、初診のときはMRIやらレントゲンを撮って、物理的な病変がないかもチェックしてくれる。

予約の時間に着いて、まず、最初に軽く先生の問診があって、それから頭のMRIと首のレントゲン。

しばらくして、診察室に呼ばれる。

先生が首のレントゲン写真を見ながら「ちょっとストレートネック気味なんで、猫背とか気をつけてくださいねー」と言った。

次はMRIの画像。

カチカチとクリックしながら脳みその断面図を切り替える先生。

「・・・脳の右側に白い影が写ってますね」

「これは何なんですか?」

「・・・。ちょっとうちでは難しいので、脳外科を紹介しますね」

MRIの画像を見た瞬間にレントゲンの写真を診てたときとは明らかに先生の空気が変わった。

特に詳しい説明はなかったけど、なんかヤバいっぽいのは嫌というほど伝わる。

そのまま冒頭の通り、呼ばれたタクシーに詰め込まれて、病院へ向かった。

タクシー、病院を間違える

そして、なんと乗ったタクシーは病院を間違えた。

連れてかれた病院の受付のおっちゃんに紹介状を渡したら、しばらくしてから呼ばれ、こう言われた。

「この病院じゃなくて、○○橋の方の○○病院ですね。名前が似てるんでよく間違われるんですよ。前に救急車が間違えて来ちゃったこともあるくらいで・・・」

うぉい、なんてこった。

一刻を争うっぽい雰囲気でタクシーに乗せられたのに。

再びタクシーを捕まえ、無駄に二重に料金を払って、なんとか紹介された病院にたどり着いた。

受付で名前を言って紹介状(開封済み)を渡す。

でも、ちょっと腹が減ってきた。

そういえば、朝から何も食べてない。

ファミチキが最後の晩餐?

病院内にファミマが入っていた。

これ幸いと、痩せるトクホのお茶とファミチキを買った(痩せる気があるのかないのか分からない組み合わせだけど)。

ファミマから出たら、受付のおばちゃんが僕の名前を大声で呼んでいた。

ちょっと恥ずかしい。

なんとなく、そうなる予感はしていた。

ファミマで買い物してる間に名前を呼ばれるんじゃないかと。

おばちゃんが脳外科の場所を教えてくれたので、その通りに向かう。

そこでもまた待たされる。

外来の診療はもう終わっている時間なので、待合には誰もいない。

ここでファミチキを食べて良いものかどうか、迷ったものの、空腹には勝てず。

脳外科の前の待合でファミチキをかじりながら、

「これが最後の晩餐になったら、さすがに嫌だな」

なんて思っていた。

 

頭痛外来でCDに焼いてもらったMRIの画像を診ながら、脳外科の先生(すごい頭良さそう)が言った。

「これは頭痛がするはずですね。普通に生活できているのが不思議なくらいです。」

画像の影を指差しながら、先生が言う。

「ここ、脳の右側に”おでき”ができていてそのせいで、内圧が上がって・・・」

「えー、つまり腫瘍ができてるってことですね?」

せっかく先生がオブラートにつつんで”おでき”と表現してくれたのに、自分で腫瘍と言い直してしまう僕(悪気はない)。

「そういうことになります」と先生。

「普通はこれだけ腫瘍が大きくなってたら、手足に痺れとか麻痺とか、他にも症状が出てもおかしくないんですが、よく頭痛だけで済んでますね」

そう言われても、頭痛以外、体調には何の問題はないので、危険な状態だと言われる方が信じられない。

「まだ詳しい検査をしてみないと断定はできないですが、99%脳腫瘍ということで間違いないでしょう」

そのまま緊急入院

頭痛外来で半強制的にタクシーに乗せられたあたりで、なんとなく予想はしていたものの、やっぱり脳外科では「このまま入院してください」と言われた。

てんかん発作を起こす可能性があるから、自宅に帰すわけにはいかないと。

でも、入院の準備なんて、当然、何もしてない。

急転直下の青天の霹靂で鳩に豆鉄砲状態だった。

恋人に持ってきてもらおうかと思ったものの、

「しまった。合鍵渡してねぇ」

ちょうど、その日の朝に「結婚したらどこに住もうか?」みたいな話をしていたところだったので、家出るときに合鍵を渡すつもりでいたのだけど、うっかり忘れていた。

そのうっかりが、まさかここで利いてくるとは・・・

一応、その場で入院になったものの、先生がすぐに外出の許可を出す、という形で家に荷物を取りに帰れることになった。

「やっぱりタクシーじゃないとだめですかね?電車とかじゃ・・・」

「タクシーで行かれてください。それだけ危険な状態ということなので、ご理解いただければ・・・」

ここから家までタクシーだと1万円コースじゃん!うしごろ食べれるじゃん!と思って一応、聞くだけ聞いてみたもののやっぱり断られた。

タクシーに乗ってすぐ彼女にLINEを送る。

「ごめん、いきなり入院することになって。」

「え、嘘!?」

「残念ながら、本当。今から家まで荷物取りに行く」

「私も行くよ。何か必要なものあれば、買っていくから言って。」

「あー、入院中もマスク必須らしいんだけど、家にはもうアベノマスクしかないから、良さげなやつ買ってきて」

「アベノマスクw 分かった買っていく」

病院であのマスクしてたら、配膳係と間違われると思う。

やり残したこと、後悔

タクシーの窓を東京のビル群が流れていく。

わりといつぶっ倒れてもおかしくない状態だったらしい。

いまだに信じられないけど。

頭痛がする以外に体調に問題は全く無い。

ピンピンしている。

週末は普通にセミナーやって、月曜は恋人とデートしていた。

そこから急に脳腫瘍で危険な状態だから入院って言われても現実感がない。

車窓のビルを眺めながら考えた。

もしこのまま死んだとして、やり残したことはあるか?

たくさんある。

動き出したばっかりのプロジェクトとか。

これまで2年近くやってきたビジネス講座とか、恋愛講座とか。

ヨーロッパにも行けてないし、アメリカ西海岸も行ってない。

まだ子どもも作ってないし。

スカイダイビングもやってない。

お台場でレインボーブリッジを眺めながら×××もやってない。

じゃあ、もしこのまま死んだとして、後悔はあるか?

ない。

何もない。

ONE OK ROCK / C.h.a.o.s.m.y.t.h.の歌詞にこんな一節がある。

Dream as if you will live forever,
And live as if you’ll die today

(多分、元ネタはガンジーが演説か何かで言った言葉だと思う)

めちゃくちゃ好きな言葉で、各所で引用しまくっているので昔から僕をストーキングしてくれている方はご存知かもしれない。

そして、常に意識している言葉でもある。

人生かけてもやりきれないくらいのスケールで夢を描いて
今日死ぬと思って行動しろ

という意味に僕は解釈している。

なので、何かをやりかけで死ぬのは全く問題ない、というかむしろそうあるべきだと考えている。

生きてるうちに達成できてしまうような夢ではちっちゃ過ぎると。

「もし明日死ぬとしても後悔はない」

そう言い切れるのは本当にこれまでこの言葉を忘れずに日々生きてきたからだと思う。

日々、一切手を抜かずに全力で生きて来たからだと。

そうやって生きてれば、脳腫瘍くらいじゃあたふたしないのよ。

本当にやりたいことは片っ端からやってきた。

金が欲しければ、自分でビジネスを起こし。

モテたければ、モテまくっている先輩方に頭を下げて周って教えを請い、アプリに登録してデートをしまくり。

もちろん具体的なレベルでいえば、やれてないことが星の数ほどあるのだけど「あれもやりたな、これもやりたいな」と思いながら死ねるのは本当に幸せだと思う。

 

恋人を残して死ぬのはもうちょっと不安かと思ったけど、僕がいなくても大丈夫そうな、超強そうな女性だし、生きてる間にできることは全部やるので、そんなに心配していない。

なんかこう言うと、これから死ぬ前提みたいだけど!笑

多分、死なないと思う。

まだ寿命ではない気がする。

胃がんの運ちゃん

基本は人見知りなので、自分からタクシーの運ちゃんに話しかけるなんて、まずないのだけど、なんとなしに現状を話してみた。

白髪混じりの細長いおっちゃん、多分50前後くらい。

「かるく検査を受けたつもりだったら、そのまま入院だっていわれて、今慌てて荷物取りに帰ってるところなんですよ」

「それは大変ですね。このまま、日比谷通り通っていっていいですか?」

「あ、はい。道よくわからないんでおまかせします」

「わかりました」

「・・・」

「実は私、ちょっと前に胃がんで手術したんですよ」

「え、そうなんですか?」

「ステージ3だって言われて、もうだめかと思ったんですが、今はこの通り、仕事にも復帰してます。定期的に検査は受けてるんですけどね」

なんという偶然。

たまたま乗ったタクシーの運ちゃんが急に偉大な先輩に見えてくる。

しかし、残念ながらやっぱり僕は人見知りなので、ここで何言っていいかわからなくなって、運ちゃんとの会話は終了。

それから、慌てて仕事関係の人に入院する旨を伝える。

家が近づくにつれて、車窓が見慣れた景色になってくる。

「そこの今、赤になってる信号のところで止めてください」

マンションの前に着いて、代金を支払って、ドアが開く。

降りたところで、ドアの向こうから運ちゃんが体を乗り出してきそうな勢いで叫ぶ。

「こういう無責任なこというのもアレなんですけど、今の医学は本当にすごいんできっと大丈夫ですよ!頑張って!」

 

Last Dance

タオルとかひげそりとか必要そうなものを紙袋に詰め込む

あと、絶対、時間持て余すのでタブレットとPC、そして充電器類も忘れずに。

「タクシー乗ったのでもうちょっとで着く」と恋人からLINE。

「この辺、あんまりタクシー通らないからマンション前に止めといて」と僕。

朝、彼女と別れる時に冗談で

「病院着いてそのまま頭開けて手術されたらどうしよう?」

なんて言っていたら、本当にそうなってしまった。

 

荷物を持って下に降りる。

タクシーの窓から彼女が手をふる。

朝まで一緒にいたはずなのに、数ヶ月ぶりの再開のような気がした。

「あの行き先は・・・」と運ちゃんに言おうとすると、

「もう伝えてあるよ」と彼女。

さすが、気が利く。完璧。

タクシーが動き出す。

 

彼女はマスクだけじゃなくて、大きなビニールバッグも買ってきてくれていた。

「こういうのあると便利でしょ?」

すでにパンパンで破けそうになってる紙袋から、中身を手際よく詰め替えていく。

手伝う隙がないくらい手際がいい。

タクシーの中でいろいろ話した。

何話したのかを具体的にはあまり覚えてないんだけど、これから一緒にやりたいこととかそんな話だった気がする。

病院に向かう間、彼女はずっと手を握ってくれていた。

落ち着く体温だった。

夜間通用口の前にタクシーが止まる。

降りる。

 

「新型コロナ対策のため面会禁止」と書かれた看板が立っている。

彼女はここまでだ。

「じゃあね」と彼女が言う。

一歩近づいてハグする。

夜間通用口の前で抱き合ってるので、守衛さんがめっちゃ見てる。

しかし、守衛の目なんて気にしている場合ではない。

こちとら、いつぶっ倒れてもおかしくない体なんだ。

人差し指でびーっと彼女のマスクをずらす。

自分のマスクもずらして、そのまま唇を重ねる。

本当はもっと情熱的にいきたかったけど、それは退院後のお楽しみに取っておくことにした。

 

 

 

 

 

 

そして、換えのパンツを1枚も持ってきていないことに気づいたのは病室に入ってからだった。

 

退院後に彼女にはフラれることも。

これからの約1年間で4回も頭を開けることも、

半年後に美容ブランドを立ち上げることも、

まだこの時の僕は知る由もない。